2011年07月05日
瞬間だろうか
もう会えないと思っていた紫苑が再び俺の前に現れるまで。
その出来事ひとつで俺は前に進めるようになった。
あの頃に言えずにいた好きという言葉を心の奥底で封じ込めていた。
それを彼女の存在に触れ合うことで解放できた。
今の俺は昔の俺とは違う。
あの頃の俺は弱く、痛みや現実から逃げるしか出来なかった。
それは紫苑も同じなんだろう。
俺達はよく似ているから。
互いに素直になれず、悩みがあれば心に抱え込んでばかりいた。
そういう生き方が似ているから、俺は紫苑に惹かれたんだと思う。
「私はまだ海斗に話してない事がたくさんあるの」
俺は紫苑のことをほとんど知らない。
かつて抱えていた悩みすら、俺は漠然としか把握していない。
「海斗は知りたい?私のことを知りたいと思う?」
「出来る事なら知っておきたい。お前の悩みも、辛さも全部知りたいと思う」
俺が知っている事と言えば、かなりの地位を持つお金持ちの家柄、経済界にだって影響力のある白銀グループの会長の孫娘である白銀紫苑は“お嬢様”だということだけ。
他には何も知らない、それが彼女の過去と関係しているのかも定かではない。
「……飛べない蝶々に生きてる意味はない。昔の紫苑はそう言っていた。それはお前の過去とどう結びつくのか、俺は今も知らない」
「そうね、海斗には教えてなかった。私の方は海斗の抱えた悩みを知っていたのに、私は貴方に教えずにいた。そんなずるくて、アンフェアな私でも海斗は傍にいてくれたわ」
「いつかお前の口から話してくれる日が来るんじゃないかって思っていた」
俺の言葉に彼女は囁くように言ったんだ。
「ごめんね、私はいつも海斗に甘えているのに。貴方がいてくれたから、私は飛べなくても幸せだった。それでも私は海斗に隠してばかりいるの……」
薄っすらと紫苑の瞳に涙が見えた気がした。
俺がこれまで彼女に尋ねられなかったのには理由がある。
それは俺のように単純な悩みではなく、抱えているモノが複雑だと気づいてたから。
どうしても自然に話してくれるまで待つしかなかった。
無理に聞けば何もかもが壊れて、消えてしまう気がして。
そして、現実にあの夜……俺はそれに触れてしまったんだ。
『紫苑、教えてくれ。お前の悩みって何なんだ?』
尋ねても言葉を濁すだけで、紫苑は何も言わなかった。
その翌朝、彼女は俺の世界からいなくなってしまった。
俺はその質問のせいで彼女が消えてしまったんじゃないかと思っていた時期もあった。
事実は違うのかもしれない、真実を知りたい気持ちはもちろんある。
だけど、俺は踏み込めない……もう2度と紫苑を失いたくはないから。
「……まだ言えないの。ごめんなさい……海斗を信頼しているのに、私は貴方が好きなのに。だから言えない。逃げてばかりしかできなくて、私は……」
「もういいから、何も言わないでいい。紫苑、俺はお前を責めていない。言えない理由があるなら俺は聞かない。お前はお前自身でその問題を乗り越えるんだ。その後で話してくれ。それまで待っていてやるからさ」
俺もそうだ、逃げ続けている過去がある。
それを乗り越えてない以上、お互いに無理に解決する必要はない。
焦らずにゆっくりと向き合う事の方が大切だ。
「……ありがとう、海斗。愛してるわ、貴方だけしか私は愛せないもの」
俺達はそのまま恋人同士のキスをする。
舌を絡ませあいながら、俺は彼女の白い肌に手を添えた。
今も昔も変わらないことがあるとすれば……彼女の体温を感じている瞬間だろうか。
心が温かくなるように、本当に安心できて心地よい気持ちになれる。
「……あっ……やぁっ……」
ベッドに身体を沈ませる紫苑の瞳はいつにも増して優しさに満ちていた。
その瞳の奥には彼女が普段見せないでいる、もう一人の彼女がいる気がした。
だとしたら、俺はまだ……“本当”の紫苑と触れ合っていないのかもしれない。
その出来事ひとつで俺は前に進めるようになった。
あの頃に言えずにいた好きという言葉を心の奥底で封じ込めていた。
それを彼女の存在に触れ合うことで解放できた。
今の俺は昔の俺とは違う。
あの頃の俺は弱く、痛みや現実から逃げるしか出来なかった。
それは紫苑も同じなんだろう。
俺達はよく似ているから。
互いに素直になれず、悩みがあれば心に抱え込んでばかりいた。
そういう生き方が似ているから、俺は紫苑に惹かれたんだと思う。
「私はまだ海斗に話してない事がたくさんあるの」
俺は紫苑のことをほとんど知らない。
かつて抱えていた悩みすら、俺は漠然としか把握していない。
「海斗は知りたい?私のことを知りたいと思う?」
「出来る事なら知っておきたい。お前の悩みも、辛さも全部知りたいと思う」
俺が知っている事と言えば、かなりの地位を持つお金持ちの家柄、経済界にだって影響力のある白銀グループの会長の孫娘である白銀紫苑は“お嬢様”だということだけ。
他には何も知らない、それが彼女の過去と関係しているのかも定かではない。
「……飛べない蝶々に生きてる意味はない。昔の紫苑はそう言っていた。それはお前の過去とどう結びつくのか、俺は今も知らない」
「そうね、海斗には教えてなかった。私の方は海斗の抱えた悩みを知っていたのに、私は貴方に教えずにいた。そんなずるくて、アンフェアな私でも海斗は傍にいてくれたわ」
「いつかお前の口から話してくれる日が来るんじゃないかって思っていた」
俺の言葉に彼女は囁くように言ったんだ。
「ごめんね、私はいつも海斗に甘えているのに。貴方がいてくれたから、私は飛べなくても幸せだった。それでも私は海斗に隠してばかりいるの……」
薄っすらと紫苑の瞳に涙が見えた気がした。
俺がこれまで彼女に尋ねられなかったのには理由がある。
それは俺のように単純な悩みではなく、抱えているモノが複雑だと気づいてたから。
どうしても自然に話してくれるまで待つしかなかった。
無理に聞けば何もかもが壊れて、消えてしまう気がして。
そして、現実にあの夜……俺はそれに触れてしまったんだ。
『紫苑、教えてくれ。お前の悩みって何なんだ?』
尋ねても言葉を濁すだけで、紫苑は何も言わなかった。
その翌朝、彼女は俺の世界からいなくなってしまった。
俺はその質問のせいで彼女が消えてしまったんじゃないかと思っていた時期もあった。
事実は違うのかもしれない、真実を知りたい気持ちはもちろんある。
だけど、俺は踏み込めない……もう2度と紫苑を失いたくはないから。
「……まだ言えないの。ごめんなさい……海斗を信頼しているのに、私は貴方が好きなのに。だから言えない。逃げてばかりしかできなくて、私は……」
「もういいから、何も言わないでいい。紫苑、俺はお前を責めていない。言えない理由があるなら俺は聞かない。お前はお前自身でその問題を乗り越えるんだ。その後で話してくれ。それまで待っていてやるからさ」
俺もそうだ、逃げ続けている過去がある。
それを乗り越えてない以上、お互いに無理に解決する必要はない。
焦らずにゆっくりと向き合う事の方が大切だ。
「……ありがとう、海斗。愛してるわ、貴方だけしか私は愛せないもの」
俺達はそのまま恋人同士のキスをする。
舌を絡ませあいながら、俺は彼女の白い肌に手を添えた。
今も昔も変わらないことがあるとすれば……彼女の体温を感じている瞬間だろうか。
心が温かくなるように、本当に安心できて心地よい気持ちになれる。
「……あっ……やぁっ……」
ベッドに身体を沈ませる紫苑の瞳はいつにも増して優しさに満ちていた。
その瞳の奥には彼女が普段見せないでいる、もう一人の彼女がいる気がした。
だとしたら、俺はまだ……“本当”の紫苑と触れ合っていないのかもしれない。
Posted by aidokisi02
at 18:05